テーマ判例コラム「飲酒運転と懲戒処分」    最高裁令和5年6月27日判決

 少し前のことになりますが、ニュースで気になる報道を目にしました。ある地方公共団体の消防局職員が、酒気帯運転を理由に懲戒免職されたというものです。

 飲酒運転は非常に危険な行為ではあり、許されるものではありません。実際、飲酒運転を理由とする懲戒免職処分はしばしば行われています。もっとも、上記事案では、職員は運転前日の午後11時ころに飲酒をしており、休日である翌日午前11時ころに運転していた際に警察に呼び止められて飲酒運転が発覚したというのです。本人は、アルコールが残っている状態で運転をしている自覚はなかったと述べているそうです。

 本人に自覚がない、すなわち過失による飲酒運転に対し、懲戒免職は重過ぎるようにも思われます。報道されている以外の何らかの事情があったのかはわかりませんが、弁護士の視点からは、懲戒処分取消請求なども頭をよぎる報道でした。

 ただし、飲酒運転による懲戒処分の相当性については、令和5年6月27日に最高裁の判決があり、免職に加え退職金の不支給まで認める非常に厳しい判断がされています。今後、飲酒運転に対する懲戒処分は厳格化していくかもしれません。今回はこの判例を解説し、飲酒運転による懲戒免職及び退職金不支給について検討したいと思います。

【事例】

 本判決の事案は、教員として30年程度公立学校に勤務していたXが、同僚の歓迎会に自動車で参加し、ビール2杯と日本酒3合を飲んだ後に運転して事故を起こしたというものです。同事故ではけが人はなく、車両の物的損害のみが生じています。また、Xは事故現場で呼気1リットルにつき0.35mgのアルコールが検出されたことから、酒気帯運転により現行犯逮捕され、氏名や職業も報道されることとなりました。事故後、Xは、酒気帯運転により罰金35万円の略式命令を受けています。

 教育委員会は、酒気帯び運転を理由としてXを懲戒免職処分とし、さらに退職手当1724万6467円全額を支給しないこととする支給制限処分をしました。なお、Xは、この酒気帯び運転のほかに特段の問題はなく、過去に懲戒処分歴もありませんでした。

 Xは、退職金の全部を支給しないとする処分の取消しを求め、本訴訟を提起しました。

【判決の内容】

 本件第一審の仙台地裁令和3年12月2日判決は、本件飲酒運転について退職手当が大幅に減額されることはやむを得ないとしつつ、退職手当が賃金の後払いや退職後の生活保障としての面もあることを指摘し、退職手当の全額を不支給とすることは社会通念上著しく妥当性を欠くとして退職金不支給処分の全部を取消しました。

 本件原審の仙台高裁令和4年5月26日判決は、原審の評価をおおむね認めつつ、行政訴訟による迅速かつ実効的な権利救済の観点から、退職手当不支給処分の全額を取消して県教育委員会に制限割合を再度判断させるのではなく、裁判所が相当と認める範囲で一部取り消しをするのが相当であるとして、退職手当の3割を超えて支給を制限したことは違法であると判示しました。

 これに対し最高裁は、退職金の給与後払い的な性格等を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合には、退職手当支給制限処分について処分庁の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができないと判示します。そして、退職手当支給制限処分の判断においては、裁判所が処分機関と同一の立場に立って支給の範囲を判断して実際にされた処分の軽重を論ずるべきでなく、退職手当支給制限処分が処分機関の裁量権の行使としてされたことを前提に、当該処分にかかる判断が社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱・濫用しているといえるかという観点から違法性の判断をすべきとしました。

 そして、本件具体的事案の判断として、飲酒運転の態様の危険性や、教諭が飲酒運転をしたことによる生徒への影響、学校への信頼や業務遂行に支障を生じさせたことなどを勘案し、退職金の全部を支給しないと県教育委員会が判断したことが社会通念上の裁量権の範囲を逸脱濫用したものとはいえず、退職金全部支給制限処分は違法とは言えないとして、控訴審判決を変更しXの請求を全部棄却しました。

【解説】

 本件判決が指摘する通り、退職金については継続的な勤務に対する報償という面だけでなく、賃金の後払い的性質も有するとされています。つまり、すでに働いた労働に対する対価という面を持つわけですから、退職金の支給を取消ことができるのは重大な非違行為による懲戒退職に限られるというのが判例の潮流でした。例として、高校生に対する強制わいせつ致傷事件を起こした従業員に対して3割の退職金支給を認めた東京高裁平成24年9月28日判決や、酒気帯び運転をした従業員に対し5割の退職金支給を認めた東京地裁平成29年10月23日判決があります。本件判決の第一審及び原審が退職金全額不支給を違法と判断したのも、このような判例の傾向に沿ったものといえます。

 ところが本件判決は、退職金全額の不支給を認めるという非常に厳しい判断をしました。本件についてこのような厳しい判断がされた理由はどこにあるのでしょうか。

 まず考えられるのは、本件の飲酒運転が特に悪質なものだったのではないかという点です。この点、Xは2次会を含め4時間程度にわたり飲酒をしたうえ、飲み会終了後に帰宅のために直ちに運転をしており、自身が酔った状態で運転していることは明確に認識したうえで運転していたと考えられます。また、そもそも飲酒運転をすることを予定して車で飲み会に参加したのではないかと思われる節もあり、酒気帯び運転としては悪質性の高い部類になります。一方で、Xが起こした事故は物損が生じたのみの比較的軽微な事案であり、被害弁償も行っているのであって、特別な判断がされるほど悪質性が高い事案とまでは言えなさそうです。

 次に考えられるのは、本件が公務員に関する事案であるという点です。最高裁は、Xが公立学校の教諭であり、本件飲酒運転が公立学校に対する信頼を損なうものであることを指摘しています。また、退職金不支給の判断は処分庁である県教育委員会の裁量に委ねられるべきであり、裁判所はその判断が社会通念上著しく妥当性を欠く場合のみ違法の判断をすべきであるとして、行政庁の判断に広い裁量権を認めています。

 もっとも、本件第一審判決は、最高裁と同様の判断基準を掲げたうえで、退職金全額の不支給は社会通念上著しく妥当性を欠くものであって裁量権の範囲を逸脱するという判断をしています。原審判決は、裁判所自ら退職金の相当な支給範囲が3割であると判断しているものの、この点は訴訟が長期化していることに対する権利救済の観点から裁判所が自ら判断したのであって、行政庁の裁量権に対する基本的な考え方が最高裁と大きく変わるわけではないようです。裁量権に対する考え方が第一審及び原審と最高裁の判断を分けたとすることはやや疑問が残ります。

 結局のところ、最高裁が本件において厳しい判断をしたのは、飲酒運転という行為一般に対する非難可能性が高まっているという最高裁の価値判断に依拠するように思われます。判決においても、県教委が飲酒運転に対する懲戒処分についてより厳格に対応するなどと注意喚起していたとの事情が指摘されているところです。

 この点、本件判決に対する宇賀克也裁判官の反対意見が注目されます。同意見では、県教委が定める基準では飲酒運転に対する処分は免職又は停職とされていること、実際に過去の飲酒運転事例では停職処分にとどまった事例が少なくないことを指摘し、退職手当の制限については慎重に検討すべきであったとします。そして、Xの非違行為について退職手当が大きく減額されることはやむを得ないとしても、退職所得の全額を不支給としたことは過去の処分事例と均衡しないことを指摘し、退職金不支給の一部取消しを認めた原審の判断に違法があるとはいいがたく上告は棄却されるべきであるとしています。

 飲酒運転に対する社会の非難が近年一層高まりつつあるのは明らかであり、そのことが処分の重さに反映されるのも当然と思います。一方で、宇賀裁判官が指摘する過去の処分との均衡や処分を受ける者の公平をどこまで考慮するのかは非常に難しい問題です。

 いずれにせよ、本件判決は飲酒運転に対する懲戒免職及び退職金不支給を認容する方向の判決であり、行政関係以外の一般の雇用関係にも影響が及ぶと考えられます。今後、地裁、高裁レベルにおいても違法行為を理由とする退職金不支給の判断が認められやすくなるのか、注目していきたいところです。

最高裁令和5年6月27日判決

令和6年1月24日  文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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