テーマ判例コラム「電子記録債権」          最高裁令和5年3月29日決定

 令和5年11月13日、九州の大手地方銀行グループであるふくおかフィナンシャルグループより、「手形・小切手の全面電子化に向けた取り組みならびに手数料の改定・新設について」というお知らせが公表されました。

手形・小切手の全面電子化に向けた取り組みならびに手数料の改定・新設について (fukuoka-fg.com)

 同通知によると、ふくおかフィナンシャルグループは、「2026年度末までに全国手形交換所における手形・小切手の交換枚数をゼロにする」という金融界の目標に合わせ、2024年2月1日から当座預金口座の新規開設を停止し、2027年4月以降を期日とするの手形・小切手の取立受付を停止することとなります。また、2月20日より、手形・小切手長の発行手数料を1冊1100円から5500円に値上げするそうです。

 同通知では、手形に代わる決済手段として、でんさいネットが取り扱う電子記録債権である「でんさい」の利用を推奨する旨も記載されています。

 電子記録債権とは、平成20年に施行された電子記録債権法により新たに創設された債権であり、株式会社全銀電子債権ネットワーク(通称でんさいネット)が電子記録によって発生や譲渡を記録・管理する債権を指します。電子記録債権を利用する業者間の取引により債権が発生した際、電子記録機関に通知することにより債権の発生が記録され、支払期日には決済口座から資金が自動送金されます。また、手形の裏書譲渡と同様に電子債権の譲渡を電子記録として記録したり、手形の割引と同様に金融機関に電子債権を譲渡することで割引を行うことが可能です。手形のような紙媒体の証券がないため、紛失・盗難リスクもなく、電子債権の一部を分割して譲渡することも可能です。

 これまでなかなか普及が進んでいないとも言われていた電子記録債権ですが、手形廃止時期の目安が2026年度末とされたことによって、本格的に普及が進むことになるかもしれません。

 今回ご紹介する最高裁令和5年3月29日決定は、電子記録債権の支払と差押えの関係について判断したものです。電子記録債権に関する裁判例はまだ例が多くないようですので、ご紹介したいと思います。

【事例】

 債権者Yは、債務者XからYに対する金員の支払いを命じた仮執行宣言付判決を債務名義として、Xが第三債務者A社に対して有する債権を差し押さえ、転付命令を得ました。

 ところがA社は、債権差押命令の送達を受ける前に当該債権の電子記録債権を発生させていたため、電子記録債権としてXに対する支払いを行い、Yに対する被転付債権の支払いはしませんでした。

 そこでYは、Xが有する他の債権に対する差押命令を新たに申立て、裁判所が差押え命令を発しました。

 これに対しXは、Yによる先行する差押え及び転付命令は効力が生じており、転付命令がA社に送達された時点で執行債権は弁済されたとみなされるのであるから(民事執行法160条)、新たな差押えは認められないとして差押取消しを求める執行抗告を福岡高等裁判所に申立てました。

 Xの上記主張に対し、福岡高等裁判所(福岡高裁令和4年5月31日決定)は、電子記録債権の発生が差押えに先行しているから、A社はXに対する弁済をもって差押債権者であるYに対抗でき、したがって転付命令により執行債権が弁済されたとみなされることはないとしてXの抗告を棄却しました。この抗告棄却に対し、Xが許可抗告申立をしたのが本最高裁決定です。

【最高裁決定の内容】

 最高裁は、小切手の振出しに基づく支払と差押えの関係を判示した最高裁昭和49年10月24日判決を引用し、差押命令の送達を受ける前に差押えにかかる債権の支払のための電子記録債権を発生させた場合、第三債務者は差押命令送達後に電子記録債権の支払をした場合であっても差押債権者に対して債務の消滅を対抗できるとしました。一方で、第三債務者が差押命令の送達を受ける前に電子記録債権を発生させた場合であっても、第三債務者が支払をするまでに転付命令の送達を受けた場合は、その時点で転付命令の対象となる金銭債権は存在しているのであるから、転付命令による弁済みなし効果が生じると判示し、A社がXに弁済をした時期と転付命令が送達された時期について審理を尽くさせるため、事件を高裁に差し戻しました。

【解説】

 最高裁の決定を要約すると、被差押債権の支払のために電子記録債権を発生させた場合において、①第三債務者に対して差押命令が送達されるまでに電子記録債権が発生していたか②第三債務者に対する転付命令が送達されるまでに債務者までに弁済がされていたかの2点を基準として差押及び転付命令と第三債務者による弁済の対抗関係を判断するというものになります。仮に差押命令が送達されるまでに電子記録債権を発生させていたとしても、弁済時までに添付命令の送達を受けた場合、第三債務者は差押債権者に弁済をしなければならないことになります。 

 上記の事例判断も重要ですが、小切手に関する判例である最高裁昭和49年10月24日判決が当然に電子記録債権についても及ぶものとして判決文が記載されている点も興味深いところです。

 最高裁昭和49年10月24日判決は、差押命令の送達を受ける前に小切手の振出交付をした場合、小切手の支払をしたのが差押命令送達後であったとしても、第三債務者は差押債権者に対して弁済を対抗できると判示したものです。本最高裁決定は、「小切手の振出」に関する法理論を「電子記録債権の発生」に準用したものと思われます。

 また、本件の原審決定では、「支払いのために」電子記録債権を発生させたのか、「支払いに代えて」電子記録債権を発生させたのかという手形関係独特の法理論に関する判断もされており、電子記録債権に関する法理論は手形小切手法と密接に関係したものとして捉えられているように思われます。

 

 なお、本最高裁決定は電子記録債権の原因債権に対する差押についての判断であり、電子記録債権そのものが差押えられた場合には差押命令の送達時が対抗関係の基準時となる点に注意が必要です。でんさいネットのホームページ内の「よくあるご質問」において、電子記録債権について債権差押命令の送達を受けた場合は、速やかに窓口金融機関に差押があったことを連絡し、口座間送金決済中止依頼書を提出するよう記載がされています。

よくあるご質問 | でんさいネット (densai.net)

 この点、最高裁平成18年7月20日判決は、金融機関に振込依頼をした後に当該債権の差押えがされた事例について、「その第三債務者に人的又は時間的余裕がなく,振込依頼を撤回することが著しく困難であるなどの特段の事情がある場合に限り,上記振込みによる弁済を仮差押債権者に対抗することができる」と判示しています。電子記録債権についても、差押えの送達を受けたにもかかわらず特段の事情なく決済中止が遅れた場合、第三債務者は差押債権者に対し弁済は対抗できないものと考えられます。

 このように、電子記録債権に関する法的問題も、これまでに普及していた様々な決済手段の法的解釈を類推しつつ検討することが重要になりそうです。

ところで、私が大学4年生だった平成25年当時、手形小切手法は司法試験の科目である会社法に含まれる分野とされていましたが、実務ではほとんど用いられていないため出題されることはないとされていました。私が受験した法科大学院の入試では、その手形小切手法に関する論述が会社法の問題として出題されたため、受験生に衝撃が走ったことを覚えています。

 今後電子記録債権による取引が手形小切手取引を超えて普及していくことがあれば、手形小切手法が復権し司法試験に再び出題されるような日も来るのかもしれません。

最高裁令和5年3月29日決定

最高裁 昭和49年10月24日判決

最高裁平成18年7月20日判決

令和5年12月30日  文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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