テーマ判例コラム 「闇バイト」 その2    福岡地裁昭和59年8月30日

 前回のコラムでは闇バイトによる特殊詐欺に関する判例を紹介しましたが、ニュースでは闇バイトによる強盗事件もしばしば報道されています。

 報道によると、闇バイトに応募した実行犯らは、身分証や家族の情報などを抑えられ、主犯格に逆らえないよう脅されている場合もあるようです。

 このような報道を見て私が思い出すのが、今回紹介する福岡地裁昭和59年8月30日判決です。この事案は、知人の暴力団員に誘われて旅行についていったところ、そのまま強盗殺人未遂事件の共犯になってしまったという事案です。強盗をしようなどと考えていない人間であっても、突然そのような事態に巻き込まれてしまうと、指示されるがまま従ってしまうというのがよく表れた事案だと思いますので、紹介させていただきます。

 【事例】

 本件の被告人は、当時20代前半の青年で、名古屋の喫茶店でアルバイトをしていました。

 被告人は、その喫茶店に客として来ていた暴力団員の男性と時々一緒に遊ぶ仲になったところ、ある日その暴力団員から「博多まで日帰りで行くけど、一緒に行かんか。汽車賃も自分が出す。」などと誘われ、被告人は軽い気持ちで承諾しました。被告人が博多行きの新幹線の中で博多に行く目的を尋ねたところ、暴力団員に「ギャング」と言われましたが、冗談だろうと思い真剣には考えなかったようです。

 ところが被告人は、博多駅に着くと、迎えに来ていた3名の暴力団員とともに自動車に乗せられました。そして、暴力団員らは自動車内で、覚せい剤の取引を装って敵対暴力団の組員を呼び出し、その組員を射殺して覚せい剤を強奪する計画を話し始めました。被告人は、「大変なことに巻き込まれてしまった。自分はどうなるのだろう。」と畏怖したものの、帰らせて欲しいなどと言おうものなら、逆に口封じのためまず自分が殺されることになりはしないかと考え、とても抜けさせて欲しいなどとは言い出せず、仕方なく暴力団員らに付き従っていくことにしました。

 その後、被告人は博多駅の近くで自動車から降ろされ、敵対する暴力団員を呼び出すためのホテルの部屋を確保するよう指示されました。この際、被告人に対する監視などはなく、逃げ出すことは可能だったのですが、被告人は所持金が少ないため名古屋に直ちに帰ることが難しく、暴力団員らが先に名古屋に帰って被告人の同棲相手に報復するかもしれないなどと恐れ、逃走は断念しました。

 翌日の深夜、被告人は自分が予約したホテルに連れ出され、暴力団員から「なんでも、はい、はいって言っとけよ。」と指示されました。そして、暴力団員が被害者(敵対暴力団に所属する覚せい剤の売人)の前で、覚せい剤の購入希望者が別室に控えているかのように「まだむこうは品物を見せんといかんと言いよるんか。」などと述べるのに合わせて「はい。」と返事をする役をこなし、さらに別室で待機する購入希望者に覚せい剤を確認させるかのように装って覚せい剤を部屋から持ち出しました。

 被告人と他の暴力団員らは、部屋から持ち出した覚せい剤を持ってそのまま車で逃走しました。そして、待機していた別の暴力団員が被害者を拳銃で撃ち殺害しようとしましたが、被害者が防弾チョッキを着用していたため、上腕部の貫通銃創及び上腕骨折等のけがを負わせたにとどまり、殺害には至りませんでした。

 その後暴力団員らと被告人は山口県まで逃走しましたが、その夜、被告人は他の暴力団員らが寝た隙に、1万円と覚せい剤一袋を盗んで逃走し、名古屋に帰りました。そして、名古屋で盗んだ覚せい剤を39万円で売却し、その金で名古屋の住居を引き払って故郷の日田市に帰りましたが、後に事件が発覚し他の暴力団員らとともに逮捕されたようです。

【判決】

 裁判所は、被告人は知らぬ間に本件犯行に巻き込まれており、報酬なども与えられず言われるがまま指示に従ったに過ぎないこと、犯行において重要な役割を果たしたわけではないことなどから、被告人が他の共犯者らとともに共同して強盗殺人を遂行しようとする意思はなかったと認定し、強盗殺人罪の幇助犯の範囲でのみ犯罪の成立を認めました。そして、被告人が犯行に巻き込まれた事情について同情すべき面もあるとしつつ、県住による強盗殺人未遂という事件の重大性や、盗まれた覚せい剤が社会に流出していることなどもふまえ、懲役5年の実刑判決が下されました。

【解説】

 強盗殺人罪ないし強盗致死罪(刑法240条)は死刑また無期懲役のみが法定刑とされる非常に重い犯罪であり、未遂による刑の減軽がされ、情状酌量によってさらに刑の減軽が認められたとしても、実刑を免れることはできません(無期懲役が法律上の減軽により7年以上の有期懲役となり、酌量減軽によって半分の3年6月以上の有期懲役となります。3年を超える懲役刑には執行猶予をすることができません。)。本件の被告人も、懲役5年の実刑という非常に重い刑に処されることになりました。

 仮に犯行に関わった事情に同情すべき点があり、関与した内容が犯行のごく一部に過ぎないとしても、主犯者が行った行為が重大な者であれば共犯者も重い罪に問われることになります。犯行の全容を知らないまま闇バイトなどで違法行為に関わるというのは非常に危険な行為です。すでに警察庁などが闇バイトの危険性を広報しているところですが、このような危険性が広く周知されることを願うばかりです。

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

令和5年12月9日  文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

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