テーマ判例コラム「闇バイト」 その1     最高裁令和5年6月20日判決

 今年(2023年)も、「ユーキャン新語・流行語大賞」が発表されました。この発表がされると、いよいよ年末も押し迫ってきたと感じます。

 私が流行に疎いためか、新語・流行語トップテンに選ばれた言葉の中にはあまり聞きなれない言葉もありますが、個人的に推したい言葉が「闇バイト」です。2023年中に世代や地域を問わず広く知られるようになった言葉として、流行語と呼ぶにふさわしい言葉ではないでしょうか。

 今回紹介する裁判例は、2023年に最高裁で出された闇バイトに関する詐欺未遂被告事件判決です。

【事案の概要】

 本件は、金銭に窮した被告人(当時10代~20代)が、令和3年にSNSを利用して仕事を探していたところ、特殊詐欺の「受け子」役を依頼されたという事件です。被告人の役割は、被害者(当時76歳)の自宅を訪問し、キャッシュカードを預かるふりをしてカードをすり替え、カードを窃取するというものでした。

 犯行当日、被告人は、キャッシュカードとすり替えるためのトランプが入った封筒を用意し、被害者の自宅近くで待機していました。ところが、共犯者が被害者に「還付金を受け取るためにキャッシュカードと暗証番号が必要です。」という嘘の電話をしたところ、被害者が不審に思い電話を切ったため、犯行計画は中止となりました。そのため、被告人は被害者と直接接することはなく、被害者に金銭的被害が生じることもありませんでした。

 その後、被害者は駐在所に通報し、被告人は付近の駅で職務質問され、逮捕に至りました。なお、被告人に指示を出していた共犯者は、発信者の身元を特定することが難しい「テレグラム」というアプリを利用して被告人に連絡をしており、共犯者の特定には至らなかったようです。

【判決】

 被告人は窃盗未遂罪で起訴されましたが、第一審(大津地裁長浜支部令和3年6月14日判決)は、被告人が被害者宅を訪問するに至っていない本件では窃盗行為を生じさせる客観的危険性が認められる行為が行われたとはいえず、窃盗の実行の着手は認められないとして、被告人は無罪としました。

 ところが控訴審(大阪高裁令和4年4月26日)は、遅くとも共犯者らが被害者に対し電話でキャッシュカードに関する虚言を述べ始めた時点で窃盗の客観的な危険が生じており、窃盗の実行の着手が認められると判断して原判決を破棄し、窃盗未遂罪の成立を認めました(懲役3年、執行猶予4年)。そして、最高裁は、高裁の判断を是認し、高裁が新たに事実の取り調べをせずに破棄自判したことにも違法性はないとして、被告人の上告を棄却しました。

【解説】

 いわゆる特殊詐欺の実行の着手の時期についての先例としては、最高裁平成30年3月22日判決があります。

 同判決では、警察官を装った被告人が被害者に対する電話で「詐欺の被害金を取り戻すためにこれから警察官が被害者宅を訪問する」と述べた時点で詐欺罪の実行着手が認められ、現金の交付を直接求める発言がされなくとも詐欺未遂罪が成立するとの判断がされています。もっとも、同判決の事案は、被害者がすでに現金100万円をだまし取られており、その翌日に同じ被害者に対して再び詐欺行為を行うために警察官を装った電話がされたというものであり、被害者が再び現金を詐取される高い危険性が認められる事案でした。一方、本件判決は、被害者は犯人らと直接会う前から電話の内容を疑っていたという事例であり、平成30年判決に比べると実際に詐欺被害が生じる可能性は低かったと思われます。本判決は、特殊詐欺事件について実行の着手を広く認める裁判所の方針をうかがわせるものと思われます。

 なお、いずれの判決も刑法学者である山口厚裁判官が加わっていますが、平成30年判決では山口裁判官が補足意見を述べています。同補足意見では、詐欺罪の実行行為である「人を欺く行為」自体への着手が認められないとしても、実行行為に密接で客観的な危険性がある行為への着手が認められる場合は未遂罪が成立することを事案に即して整理しています。講学上の争点に興味のある方は是非読んでみてください。

【裁判例リンク】

最高裁令和5年6月20日判決

最高裁平成30年3月22日判決

※この解説は公開されている判決をもとに作成されたものです。判決で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください

令和5年12月2日  文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

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