テーマ判例コラム「過労うつ」 最高裁令和7年3月7日判決

 本稿でご紹介するのは、過重な業務による精神疾患の発症と自殺の因果関係を認定した最高裁令和7年3月7日判決です。

 本判決の事案では、精神疾患が業務により生じたものであるか(業務起因性)が大きく争われているところ、最高裁は業務起因性を認める判断をしました。今後、業務起因性が問題となる事案で参照される判例になると思われるため、ご紹介いたします。

【事案の概要】

 本件は、静岡県警に警部補として勤務していたAさん(死亡当時31歳)が自殺した事案について、Aさんの妻子(以下「原告ら」といいます。)が県に対し労働契約上の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行損害賠償請求をした事案です。

 Aさんは死亡当時、交番長として交番に勤務しており、日勤のほか午前9時から翌日午前9時まで24時間交番に勤務する当直(1時間の昼休憩、2時間半の夜休憩、5時間の仮眠時間を含む)を行うことがありました。また、当時管内で連続窃盗事件が発生しており、その対策として「夜間捜査」や「非番捜査」などの時間外勤務を行うことがあったほか、交番に配属される実習生の指導担当者として業務、年度末の異動に伴う業務など業務量が増大していました。さらにAさんは、約1か月の海外研修に参加する予定もあり、事前研修に参加したり、英語のプレゼンテーションの準備をしたりする必要もありました。

 このような業務を抱えるなか、判決の認定によればAさんの時間外勤務量は自殺直前の1カ月は117時間、自殺の2か月前から6か月前までは25時間~98時間であり、当直を含む14日連続勤務の後に1日の休みを挟んでさらに14日連続勤務勤務をすることもあったとされています。

 Aさんが自殺する3か月前頃に警察職員を対象に実施されたストレス診断では、「ストレス要因」「ストレス緩和要因」「ストレス反応」のいずれの項目も最低評価の「E(かなり悪い)」との分析結果でした。この検査結果はAさんの直属の上司には伝わっていましたが、Aさんに対し何らかの対応がされることはありませんでした。

 Aさんの自殺は平成24年3月に発生し、遺族であるAさんの妻子(以下「原告ら」といいます。)は平成26年3月、地方公務員災害補償基金に対し公務災害認定請求を行いました。同基金が判断資料とした医学的意見は、Aさんが平成24年3月上旬には精神疾患の症状が顕在化していたことを認めつつ、精神疾患を発症するような業務の過重性は認められず公務による強度の精神的・肉体的負荷があったとは認められないとの判断を示しました。同判断に基づき、基金は平成28年3月、Aさんの死亡は公務外災害であるとの認定をしました。

 原告らは、同年4月、基金の認定に対し審査請求を行いました。審査請求を受けた審査会は、平成29年8月、Aさんの精神疾患の業務起因性をみとめ、基金の認定を取消しました。これに基づき基金は、原告らに対し、遺族補償年金等として合計約6400万円を支給しました。

 原告らは、平成30年4月、静岡県に対し、労働契約上の安全配慮義務違反による債務不履行責任に基づく損害賠償請求として、合計約1億700万円の損害賠償を請求しました。

なお、Aさんの両親も県に対し、近親者の死亡に対する慰謝料の損害賠償請求訴訟を提起しています。経緯は不明ですが、これら2つの事件は別事件として判決がされています(以下、Aさんの妻子が提起した訴訟を「本件」といいます。)。

【下級審の判断】

 本件第一審の広島地裁福山支部令和4年7月13日判決は、Aさんの精神疾患及び自殺について業務起因性を認め、請求のほぼ満額である約1億円の損害賠償請求を認容しました。Aさんの両親が提起した訴訟の第一審判決においても、慰謝料請求を認めています。

 これに対し県が控訴しましたが、本件控訴審である広島高裁令和5年2月17日判決も原審の判断を支持し、控訴を棄却しました。

 一方で、Aさんの両親が提起した訴訟の控訴審は別の裁判体が審理しています。こちらの控訴審判決(広島高裁令和5年2月15日判決)では、Aさんが業務上の心理的負荷により精神疾患を発症したことや精神障害の存在以外に自殺の原因となるような事情が見当たらないことを認めつつ、精神疾患発症直前の1カ月以上の長期間にわたって質的に過重な業務を行っていたとまでは認定できず、Aさんの業務と自殺との間に相当因果関係があるとは認めがたいとして、慰謝料請求を棄却しました。

 このように判断が分かれた控訴審に対し、県及びAさんの遺族がいずれも上告し、最高裁で統一的判断が図られることになりました。

【最高裁の判断】

 本件最高裁判決は、Aさんの自殺直前の1か月間の時間外勤務が117時間を超えており、14日間の連続勤務を2回にわたり行っていることなどから、精神疾患を発症しうる過重な業務に従事していたといえるとしました。そして、業務のほかに精神疾患の発症に寄与したと解すべき事情はうかがわれないことから、過重な業務が精神疾患の発症及びこれによる自殺という結果を招いたという高度の蓋然性が認められるとして、Aさんの精神疾患及び自殺の業務起因性を認め、原告らの請求を認容しました。Aさんの両親が提起した訴訟の最高裁判決も同様に業務起因性を認め、慰謝料の額等について審理させるために高等裁判所に破棄差戻しがされました。

【解説】

 本件の第一審判決では、公務災害の認定に用いられる基準として人事院が公表している「精神疾患等の公務上の災害の認定について」(以下「公務災害認定基準」といいます。)が強く意識されています。

 公務災害認定基準は、①精神疾患の発症前概ね6月の間に、医学的経験則に照らし、当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷を業務により受けたことが認められること②個体的な要因、私的な要因により発症したものとは認められないことを満たす場合には、精神疾患を公務上の災害として取り扱うとしています。

 さらに同基準では、①の「精神疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷と評価できる超過勤務」の例として以下の(ア)ないし(ウ)を挙げています。

(ア)精神疾患の発症直前の1月間におおむね160時間以上又は発症直前の3週間におおむね120時間以上の超過勤務を行っていた場合(その期間の勤務密度が特に低い場合を除く。)

(イ)精神疾患の発症直前の2月間に1月当たりおおむね120時間以上又は発症直前の3月間に1月当たりおおむね100時間以上の超過勤務(その期間の業務内容が通常その程度の勤務時間を要するもの)を行っていた場合

(ウ)別表の「過重な負荷となる可能性のある業務例」欄に掲げる業務が発生し、その対応のために精神疾患の発症直前の1月間におおむね100時間以上の超過勤務(その期間の業務内容が通常その程度の勤務時間を要するもの)を行っていた場合

 第一審判決では、Aさんの発症1か月前の時間外労働を140時間と認定しており、(ア)の基準に近い数値です。そのため第1審判決は、Aさんの業務量を増加させる事情(連続窃盗事件の捜査等)については簡単に認定したうえで、(ウ)の「発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合」に該当するか、これに準じて評価すべきであるとして、精神疾患の業務起因性を認めています。

 一方で控訴審では、自殺直前の1カ月の時間外勤務は117時間と一審より少なく認定しており、公務災害認定基準へのあてはめの結果も変わりうるように思われます。実際、Aさんの両親が提起した訴訟の控訴審判決では時間外労働の認定時間を一審より少なく認定したうえで、公務災害認定基準(ウ)の基準に該当するような「質的に過重な業務」が行われていたとも認定できないとして、自殺の業務起因性を否定しました。

 ところが本件控訴審判決は、基準へのあてはめについて具体的に触れることはなく、業務の質的負担について認定を補足したうえで業務起因性を認めた第一審判決を維持しました。

 そして本件最高裁判決では、本件控訴審の結論を維持し業務起因性を認めていますが、判断要素として以下の点を挙げています。

 ①Aさんは、従前から行っていた業務に加えて相当程度の負荷を伴う複数の業務(連続窃盗事件の捜査等)が加わることにより、自殺直前1か月の時間外勤務時間が117時間超と大きく増加していた。

 ②自殺直前の1か月間に、わずか1日の休みを挟んで14日間もの連続勤務を2回にわたり行っており、これらの連続勤務の中には拘束時間が24時間に及ぶ当直勤務が5回含まれていた。

 ③Aさんが発症したうつ病エピソードについて、業務のほかに発症に寄与したと解すべき事情はうかがわれない。

 最高裁判決では、業務起因性の認定にあたり、「精神疾患等の公務災害の認定について」への直接の言及はありません。さらに、三浦守裁判官の補足意見として、公務災害の認定基準や労働災害の認定基準が一定の合理的な基準として斟酌しうるものであることを認めつつ、労災補償等の無過失の危険責任に基づく制度の基準であり、形式的に当てはめるべきものではないという指摘がされています。

 また、公務災害認定基準が「精神疾患発症時」から1か月ないし6か月前の期間の超過勤務の量を基準としており、一審判決もこれに沿った認定をしているように読めるのに対し、本件最高裁判決が「自殺前」1か月の時間外勤務の量を指摘している点も注目されます。

 このような判決の構成からすれば、精神疾患の業務起因性については公務災害認定基準にとらわれすぎず、具体的事案に即した認定をすべきとの方向性を最高裁が示したといえそうです。Aさんの両親が提起した訴訟の最高裁判決においては、判決理由中において「認定基準が示す要件に該当しないことをもって直ちに損害賠償責任が否定されるものではない。」との判示もされています。本件判決の補足意見も踏まえれば、使用者側の過失を前提とする債務不履行責任の認定においては公務災害・労災の認定基準より緩やかに業務起因性を認めうるという趣旨まで読めなくもありません。

 この点、一審判決の主張整理表によれば、Aさんの時間外勤務の時間を認定するにあたり「(始業時間の30分前に行われる)全体朝会への参加は労働時間といえるか」「休憩時間中の業務を時間外勤務に含めるか」「(1回1.5時間の)術科訓練への参加の頻度をどこまで認定できるか」など、かなり細かい事情まで争われていたことが窺われます。公務災害認定基準では、まず時間外勤務の時間の多寡を判断し、時間外勤務の量が一定の基準未満の場合は「質的に過重な業務」が行われていたかを判断するという判定方法がとられているうえ、本件の場合悪質なハラスメントや通常想定されない特異な業務など明らかに質的に過重な業務と認定しうる事情も認めづらかったため、時間外勤務の量についての争点が先鋭化したのではないかとも思われます。

 しかし高裁判決においては、時間外勤務の時間は一審より少なく認定されたにもかかわらず業務起因性の認定に影響はなく、最高裁でもその結論が維持されたのであって、結果からみれば時間外勤務の量について詳細な認定までは不要だったということになります。本件最高裁判決を踏まえれば、100時間超の時間外勤務や2週間程度の連続勤務が複数回生じるなど明らかに労働者の疲労や心理的負担を蓄積させる事情があり、業務以外にうつ病の原因となる事情が見当たらない場合には、時間外勤務の量については数時間単位の細かい時間まで認定するまでもなく業務起因性を認定しうるという考え方もとりうるように思われます。

 なお、厚生労働省が定める脳・心臓疾患の労災認定基準においては、発症前1か月におおむね100時間又は発症前2か月ないし6か月間にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える労働時間が認められる場合は業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価できるとされています。また、2週間超の連続勤務が続いたという点も、公務災害認定基準の別表や労災の認定基準である「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の別表において心理的負荷の強度が「中」ないし「強」に該当する事情です。Aさんの117時間という時間外勤務の量は、脳・心臓疾患が生じてもおかしくないほどの負担を生じさせるものであったといえます。時間外勤務の量が業務起因性判断の重要な要素であることに変わりはないという点は注意が必要です。

 以上の通り、本件最高裁判決は公務災害認定基準を参照しつつ、事案の具体的事情に応じた業務起因性の認定をすることで、より認定の幅を広げたものと考えられます。今後は本判決を踏まえた検討が、労災や公務災害の認定段階においても広がることが期待されるところです。

最高裁令和7年3月7日判決

広島高裁令和5年2月17日判決

広島地裁福山支部令和4年7月13日判決

令和7年4月1日 文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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