テーマ判例コラム「一時保護」神戸地裁令和6年7月18日判決

 「一時保護」とは、都道府県の設置する児童相談所の所長が、虐待や保護者の不在等により保護を必要とする児童を一時保護所などで保護する措置のことです。

 子ども家庭庁が公表している「令和5年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数」によれば、令和5年度における児童相談所の児童虐待対応件数は22万5509件に上ります。平成25年の対応件数は7万3802件であり、10年で約3倍に増加しています。

 この増加は、心理的虐待(面前DVなど)について警察から児童相談所への通報が増加していることが大きな要因ではありますが、児童虐待への対応が喫緊の課題となっていることは間違いありません。このような状況の中で、一時保護に関する法制度も大きな改正が行われています。

 今回ご紹介する判決は、一時保護された児童を幼稚園から連れ去った親に対し、公務執行妨害罪、傷害罪および未成年者略取罪が適用された刑事事件判決です。事件および判決の内容を確認するとともに、一時保護制度改正について解説します。

【事案の概要】

 本件は、子ども家庭センター(児童相談所)が一時保護していたC(6歳)を、A及びBの夫婦(Cは妻Bの実子で夫Aの養女)が連れ去った事案です。

 判決の記載からは一時保護の経緯などの詳細は不明ですが、下記リンクの報道によると近隣住民から児童相談所への通報を経緯としてCが一時保護され、事件の時点では一時保護が3か月程度続いていたようです。事件当日、Cは幼稚園の卒園式に出席していましたが、児童相談所とAB夫婦との間では、母親であるBのみが卒園式に参加する旨の誓約書を作成するなど卒園式に向けた事前の調整が行われていました。一方でAB夫婦はCの一時保護について弁護士に相談しており、Cを連れ去ることについて弁護士から助言を受けたとされています。(なお、児童相談所は弁護士会に対し、同弁護士の懲戒を請求したと報道されています。)

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 卒園式の日、Aは幼稚園の正門から出てきたCを抱きかかえ、近くに待たせていたタクシーに連れ込みました。

 児童相談所職員2名がタクシーのドアをつかむなどしてAを制止しようとしましたが、Aは職員を車外に引き倒し、事情を知らないタクシー運転手にタクシーを発進させ、職員を転倒させました。これにより、児童相談所職員は加療約2週間を要する打撲傷等の傷害を負っています。この間、Bはタクシー車内でCを抱きかかえていたようです。

 これも詳細な経緯は判決からは不明ですが、A及びBはCを奪取した後そのまま最寄りの警察署に向かい、Cはすぐに保護されたようです。

【判決】

 判決は、本件は一時保護制度の根幹を揺るがしかねない悪質な犯行であり、職員が近くにいたにもかかわらずタクシーを発進させるという暴行態様も悪質である、弁護士の助言があったとしても一時保護中の子を無断で連れ去る行為が許されない行為であることは当然認識すべきであったなどとしてAとBを批難する一方、両名が犯行を認め反省しており前科がないことも考慮し、Aを懲役2年(執行猶予3年)、Bを懲役1年6月(執行猶予3年)の刑とする判決を下しました。

【解説】

 本件では親権者が子を奪取した行為について未成年者略取罪の成立が認められました。この点、未成年者略取罪は子の監護権を侵害する犯罪であり、通常は親が自身の子を略取することは想定されません。本件の場合、一時保護により子の監護権が児童相談所に移っていたため、略取罪が成立すると判断されました。過去の判例として、共同親権者である夫が離婚係争中の妻のもとから子を奪取した行為につき未成年者略取罪を認めた判例として最高裁平成17年12月6日判決があります。

 たとえ親であっても、本件のように暴力を用いて子を奪い返すことが許されないのは当然です。一方で、一時保護は保護者の同意なく行うことが可能であり、児童虐待の通報等を契機として突発的に行われることも多いため、保護者が一時保護に納得しないまま強く反発することもしばしばあります。また、一時保護は原則として2か月以内とされているものの(児童福祉法第33条第3項)、裁判所の承認を受ければ延長が可能であり(同第5項)、一時保護の期間が長期に及ぶこともあります。本件でも一時保護の期間が3か月程度に及んでいたようであり、保護者側も不安な気持ちが強まっていたのかもしれません。

【一時保護の司法審査制度について】

 このように一時保護は親から子を長期間にわたり引き離すという強力な措置であるにもかかわらず、児童相談所以外の第三者の審査が入らないことを問題視する声もありました。そのため、令和4年6月の児童福祉法改正により、一時保護の司法審査制度が導入されました。

 この制度は、一時保護を行うことについて親権者または未成年後見人の同意がない場合、一時保護を開始した日から7日以内に裁判官に一時保護状を請求するか一時保護を解除しなければならないというものです(改正児童福祉法第33条第3項)。

 また、一時保護を開始する要件も以下のように明確化されました(改正児童福祉法第33条第1項、第2項、同法施行規則第35条の3)。

  • 児童が児童虐待を受けた場合やその恐れがある場合
  • 警察官から触法少年や要保護児童として送致・通告を受けた場合
  • 児童の行動が自身や他人の生命身体財産等に危害を生じさせた場合やその恐れがある場合
  • 児童が自ら保護を求めてきた場合
  • 保護者の死亡、行方不明、入院、児童の家出等により保護者がない場合ないし児童の住所がない場合
  • 児童の保護者が児童の保護を求める場合
  • その他児童を保護しなければ児童の生命身体に重大な危害が生じる恐れがある場合

 令状の請求を受けた裁判官は、上記の要件に該当し、かつ明らかに一時保護の必要がないと認められる場合でなければ、一時保護状を発します(改正児童福祉法第33条第4項)。

 この司法審査制度は、令和7年6月より開始される予定であり、これによって児童相談所が一時保護の要否をより慎重に検討したり、保護者の同意取得に向けた協議や説明がより丁寧に行われることが期待されています。

 一方で、一時保護は年間20万件以上実施されており、その一部であっても司法審査を実施することで児童相談所や家庭裁判所に少なからず負担が生じることが想定されます。この負担を理由として、保護すべき児童の一時保護が躊躇されるようなことは避けなければなりません。司法審査制度が開始した後も、その制度運用の在り方については引き続き検討される必要があります。

 そもそも一時保護は、緊急に児童を保護すること自体も重要ですが、保護後に児童が家庭復帰できるよう家庭環境を調整したり、何らかの事情で家庭復帰が難しい場合は児童の新たな養育環境を調整することにも重要な意義があります。筆者(増﨑)は弁護士として児童相談所から相談を受けることがありますが、保護を必要とする児童が放置されることなく適切に保護を受ける必要性は痛感しています。一時保護の実情は事案によって本当に様々ですが、児童相談所と保護者との間で子どもの養育環境の調整に向けた建設的な協議が行われることが一時保護の理想的な形ではないかと考えています。

 今回の一時保護司法審査の導入を機会として、児童相談所および一時保護制度の社会的な意義に対する理解が広まれば、本件のように保護者と児童相談所の対立が先鋭化する事例が少しでも減るのではないかと期待するところです。

神戸地裁令和6年7月18日判決

令和7年5月24日 文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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