テーマ判例コラム「ラーメン」     東京地裁平成23年2月18日判決

 ラーメンが中華料理であるかが法廷で争われ、裁判所が「味噌ラーメンは中華料理に当たらない」と判断した裁判例が存在することをご存じでしょうか。

 いったい何故、ラーメンが中華料理であるかが裁判で争われたのでしょうか。読者の方も予想してみてください。

【事案の概要】

 ラーメンが中華料理であるか争われた事件とは、東京地裁平成23年2月18日判決の退去強制令書発布処分取消請求事件です。

 この事案の原告は当時40代の中国籍の男性です。中国のホテルで中華料理の調理人として働いた経験をもとに日本の中華料理店で採用され、技能在留資格により日本に入国していました。

 技能在留資格とは、特殊な分野の専門技能に熟練していること基づいて認められる在留資格です。技能在留資格に基づいて入国する外国人は、当該専門技能に属しない活動により収入を得ることが禁止されており(出入国管理法第19条第1項1号)、これに違反すると日本から強制退去させられる場合があります(出入国管理法第24条4号イ)。

 原告は10年近くにわたり日本の中華料理店で働き、中国から妻子を呼び寄せて日本で家族と暮らすなど、日本に定着していきました。ところが、勤務先の中華料理店が倒産し、新しい就職先となった中華料理店も自宅から遠いなどの理由からすぐに辞めることになりました。そして、知人の紹介によりラーメン店に勤務するようになり、約半年が経過したころ、在留資格である中華料理の技能の対象外の活動を行ったとして収容所に収容され、退去強制令書の発行を受けました。原告が資格外活動の認定及び退去強制令書発布の取消を求めたのが本件裁判です。

【判決】

 原告は、原告が勤務していたラーメン店で提供しているラーメン、ちゃんぽん、皿うどん等の料理について、「ラーメンは,中国の明の時代に山西省で現れた「拉麺」が日本に取り入れられ,日本化されたものであり,また,ちゃんぽんと皿うどんは,中国人の陳平順が中国福建省の料理をベースに考案した料理であり,中国にも皿うどんに似た野菜麺という料理がある。」として、原告が中華料理の技能に属する活動をしていたと主張しました。

 これに対し被告(国)は、「原告が稼働していた店の主力メニューとして提供される味噌ラーメン,ちゃんぽん,皿うどんといった料理は,遡ればその起源が中国にあるというだけで,本邦で独自に発展してきた料理であり,既に日本化されたものであって,このような認識は,中華料理の調理に携わる在日中国人や飲食店関係者らの間でも一般的に受け入れられている。」として、原告が中華料理の技能に属する活動に従事していたとは言えないと主張しました。

 このような主張の応酬に対し、裁判所は被告側に軍配を上げ、「(原告は)ラーメン店であるAにおいて稼働し,報酬を受けていたものであるところ,Aで提供されるメニューのうち,味噌ラーメン,ちゃんぽん,皿うどん等については,遡ればその起源が中国にあり,又は中国人が考案したものであるものの,その後高度に日本化されたものであり,その調理が「産業上の特殊な分野」である中華料理の調理に当たるということは困難である。」と判示しました。

 もっとも、裁判所はさらに、原告が勤務していたラーメン店がもともとは四川料理店であったこと、チャーハンやシュウマイなどの中華料理も提供していたこと、同店での調理のほとんどは中華鍋を使用して行われていたこと、原告の採用テストの際にチャーハンを作らせてその技能を確認したことなどを指摘し、原告が同店において行っていた活動が中華料理の技能に属しないといえるかは相当の疑問があると判示しました。また、原告がラーメン店で働くこととなったのは、勤務していた中華料理店が倒産したという事情があり、ラーメン店の勤務は新たな勤務先となる中華料理店が見つかるまでの暫定的なものであったことから、原告が資格外活動を専ら行っていることが「明らかに認められる」という強制退去の要件(出入国管理法第24条4号イ)には該当しないとして、結論として原告の請求を全部認容し強制退去令書発布処分を取消しました。

【解説】

 本判決は、「ラーメン店勤務を中華料理の在留資格として認めた」として、当時は関係者の間で話題に上がったようです。もっとも、本事例の原告が勤務していたラーメン店は中華料理寄りの特殊な店であり、裁判所が「味噌ラーメンは中華料理ではない」と断言していることを踏まえれば、一般的なラーメン店勤務では技能在留資格に該当しないように思われます。

 弁護士の仕事は法律論が中心と思われがちですが、社会、風俗などに関する知識や調査能力も重要と実感させられる裁判例ということで紹介をさせていただきました。

 なお、本判決より後の平成30年に出入国管理法が改正され、新たな在留資格として「特定技能」が創設されました。特定技能資格は、国内の人材確保のため一定の専門性、技能を有し即戦力を受け入れていくために創設された資格であり、従来の「技能」資格に比べて要件が緩やかです。

 特定技能資格の分野の一つとして「外食業分野」が設けられており、特定技能の測定のために実施される外食業国内試験及び日本語試験に合格することで在留資格が取得できます。同試験では、衛生管理、飲食物調理、接客全般に関する問題が出されますが、内容は非常に基本的なものです(農林水産省が公表するサンプル問題の一つは、「次のうち野菜はどれですか。正しいものを一つ選びなさい。 1なし2イワシ3にんじん」となっています。)。

 このような新しい在留資格の創設により、本判決の実務上の意義は若干後退したかもしれません。

令和5年12月16日  文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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