テーマ判例コラム「キラキラネーム」前橋家裁沼田支部昭和37年5月25日審判ほか
令和7年5月26日、改正戸籍法(令和5年法律第48号)が施行され戸籍に氏名の振り仮名が記載されることとなりました。戸籍に記載する振り仮名の通知書の送付(改正戸籍法附則第9条4項)も開始しているようです。
さて、この戸籍法改正に際し、「キラキラネーム」と呼ばれるような特異な名前の読み方が規制されるという報道を目にすることがありました。
確かに、改正戸籍法第13条2項は、「(氏名の)読み方は、氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているものでなければならない。」と定めています。
もっとも法務省は、一般に認められない読み方の例として「“太郎”の読み仮名を“ジョージ”」「“健”の読み方を“ケンイチロウ”」とする例を掲げており、一般的に「キラキラネーム」と呼ばれる例を超えてかなり特異な読み方を想定しているようです。このような例示を踏まえると、少なくとも法務省としては、「一般に認められない読み方」はかなり限定的に解釈していると考えられます。実際には出生届を受け付ける市区町村が判断することになる為、今後「一般に認められない読み方」として戸籍の記載を拒否する事例が現れるのか、注目したいところです。
なお、戸籍への特異な名前の記載が問題となった著名な事案として東京家裁八王子支部平成6年1月31日審判【判例時報1486号56頁】があります。この事案は「悪魔」という名前で子の出生届を受けた市が、一旦は出生届を受理したものの、後日戸籍の名前を抹消し名前の訂正を親に求めたという事案です。親は届け出通りの名前を戸籍に記載するよう求めて家庭裁判所に不服申し立てをしました。
同審判で家庭裁判所は、「悪魔」という命名は命名権の濫用であり、市はそのような名前の受理を拒否できるとしつつ、市が法定の手続によらず戸籍を抹消したことは違法無効であるとして、「悪魔」という名前を戸籍に記載するよう命じました。
この事案は戸籍の記載が直接争われたという点でレアケースです。一方で、戸籍法107条及び107条の2は家庭裁判所の許可に基づいて戸籍上の氏名を変更することを認めていますが、令和6年の氏の変更許可申立新受件数は11534件、名の変更申立新受件数は5168件であって氏名の変更申立て自体は決して珍しくありません(司法統計年報・家事令和6年度)。なお、戸籍法の改正により、氏名の振り仮名の変更も申立できるようになりました。
以下では、名の変更が申立てられた事例をいくつか紹介したいと思います。やや古い事例も含まれますが、「名前」というものに対し昔から様々な思いが向けられていたことが感じられる事例です。
①父の昔の恋人と同じ名前の改名が許された事例(前橋家裁沼田支部S37.5.25審判【判例タイムズ133号126頁】)
【事案の概要】
申立人の父である男性は、20歳の頃東京の旅行案内所に勤務しており、同じく都内の製薬会社でタイビストをしていた「吉村京子」という女性と相思相愛の仲となりました。しかしながら、双方の家庭の事情から結婚できず、その後男性は群馬に帰郷し申立人の母と結婚しました。
結婚後、申立人の母は申立人を妊娠します。ところが男性は偶然、スキー場で吉村女史と再開します。男性は同人に今でも根強い恋情を抱いている旨を打ち明け、「現在結婚しているのを後悔し、妻や子供がいなかったら二人でどこかへ行ってしまいたい。」などと記載した恋文を書きしたためていました。父はこの恋文の草稿を自宅で捨て忘れていたところ(!)申立人を出産した母がこの草稿を発見してしまいます。
しかもこのとき、申立人の父母らは出生した申立人に既に「京子」と命名し、出生届を提出していました。
申立人の母は父に対し「京子」と命名した真意を問いただし、「最早最愛の長女を呼ぶのにかくの如き名をもってすることは母として子として到底でき得ない」として離婚まで検討しました。しかしながら、男性が吉村女史とは一切交際を絶ち一家の平和を守ると誓約したため、離婚には至らなかったようです。そして父母は子の名前を「京子」から「清美」に改名することとし、出産祝いにも「清美」と記載してお披露目をするなどしたうえで、父母揃って家庭裁判所に名前の変更を申し立てました。
【裁判所の判断】
「タイピスト」「スキー場」「恋文」となんとも昭和レトロ感のある事案の経緯ですが、裁判官は「本件申立の趣旨及び実情は前期のようであるが、その真意をそんたくするに」と情緒的な部分はやや距離をとる前置きを最初にしています。
そして裁判所は、母が長女を命名する際、「京子」という名前の由来を知っていたならば当然避けていたはずであるし、「京子」という名前を維持させることは長女本人にとっても穏当ではないだろうと考えられる、まして両親にとって家庭の円満を脅かす要因となることは明瞭であり、長女自身の幸福を阻害し生活基盤を危うくする可能性もはらんでいると判示します。さらに、「京子」という命名は一種の「錯誤」によるものであり、長女自身の社会生活上に支障を及ぼすものであるとして、名の変更には正当な理由があると認め「清子」という名前への変更を認めました。
②十二支を使用した女性の名前が珍奇とはいえないとされた事例(東京高裁昭和25年3月2日決定)
【事案の概要】
本件申立人は昭和25年当時60歳程度の女性であり、生れ年の十二支が名前となっていたようです(以下この名前を「A」とします。)。原決定において「六十歳くらいの者は生れ年の十二支を使用することが多くあり、世間には『A』という名はたくさんあって珍しい名ではない。」とされていますので、明治23年の「トラ」か明治25年の「タツ」という名前だったのでしょうか。
Aの代理人が家裁に名の変更を申し立てたところ、変更が認められなかったためAは高裁に抗告しました。
Aの申立代理人は「(戸籍法が氏名の変更を認めるのは)民法の改正(昭和27年改正)によって家の廃止に伴い、氏が人の同一性を示す存在になったものに過ぎない存在になったことに対応するものである」「ことに終戦による大変革は、軍国主義、専制主義に民主主義平和主義思想がとってかわり、あらゆる価値判断の基準が一変され、機能の理は今日の非となり、今での真はいまや偽とされている。人の姓名もまた同様で戦時中ふさわしい名とされたものが珍妙なものとされたものとなってしまった例は少なくない。」などと主張し、さらにAが大正15年より20年以上にわたり「B」という通称を使用していたことなどを主張しました。
【裁判所の判断】
高裁は、Aの代理人が弁護士資格を持たない司法修習生であること(!)を指摘し、家事審判法第5条によって家庭裁判所では弁護士でないものが代理人になる場合があるとしても、審判に対する即時抗告事件においては民事訴訟法が適用されるため弁護士でない者に代理権は認められないとして、抗告を却下しました。
さらに高裁は付言して、「A」という名前は女性として珍奇なものではなく単にこれが嫌いであるという理由で改名することはできず、長年通称として「B」の名を用いていたとしても戸籍上の名を通称に一致させるべき理由はないとして、原審判断は正当であると判示しています。
③父母の一方が勝手に命名した名前の変更を認めた事例(大阪高裁平成12年5月29日決定【判例タイムズ1054号88頁】)
【事案の概要】
本件の申立人の両親は、申立人の名前を決めるにあたって意見がまとまらず、最終的に「百羽(ももは)」に決定したはずが、父が出生届に「萌」と記入して提出してしまいました。
このことの母へのショックは大きく、母は食欲がなく母乳も出なくなったと主張されています。また、夫婦喧嘩が絶えず出現し、母親がノイローゼ状態になって子供に喚き散らすことも多く、今後の生活や育児に支障をきたすとして「百羽」への名の変更が申し立てられました。
これに対し家庭裁判所は、出生届自体に瑕疵はない、申立人の父母らの主張する事情は名の変更の必要性に乏しい、変更後の名前も難読であるなどとして、名の変更申立てを却下しました。
これに対し申立人が高裁に抗告しました。
【裁判所の判断】
高等裁判所は、嫡出子の命名については、父母の共同親権行使の原則に基づき、父母間の協議によって行われるべきであって、父母の一方が勝手に命名した場合は他方がこれを追認しない限り適法な命名があったことにならないとしました。
そして本件の場合、母が「萌」という命名を追認したとは認められず、さらに命名を巡るトラブルが子の養育環境にも悪影響を及ぼし得る状態であること、子が生後4カ月であって名前の変更による弊害が少ないことなども指摘し、原審判を取消して名の変更を認めました。
なお、裁判所は付言して、「変更後の名『百羽』を『ももは』と読ませるには若干苦労が伴い,決して平易明解な名ではないといえるものの,最近の傾向として,もっと難解な,当て字のような命名も多く見受けられることを考えると,難読と断定することは躊躇せざるをえない。」と述べています。現在(令和7年)では特に違和感のない名前ですが、平成12年当時であれば、まだまだ珍しい名前だったのかもしれません。
④性同一性障害を理由とする名の変更が認められた事例(大阪高裁令和元年9月18日決定【判例タイムズ1475号75頁】)
【事案の概要】
申立人は、生物学上の性別は男性ですが、性同一性障害の診断を受けて女性ホルモン療法を受けており、「C」という女性名を用いて生活していました。
申立人は、令和元年に大阪家庭裁判所に女性名「C」への名の変更を申立てました。その際、「C」の通称名を使用していることを示す資料として国民健康保険被保険者証、通勤定期券、雇用契約通知書等を提出しましたが、いずれも平成28年以降の資料だったようです。
家庭裁判所は、「C」という通称名が長年使用され社会に定着しているとは認められないとして、名の変更を認めませんでした。これに対し申立人が抗告しました。
【裁判所の判断】
大阪高裁は、抗告人が性同一障害の診断ガイドラインに沿って診断を受けており、心理的な性に合わせた名である「C」の名前を平成28年から使用していること、「C」の名が勤務先や通院先など社会的、経済的な関係において継続的に使用されていることを指摘し、原審判を取消して「C」への名の変更を認めました。
【解説】
以上、4つの事例を紹介しましたが、いずれも特殊な事情のある個別判断であり、なかなか一般的な基準は見出しがたいと思います。
ただ、①、③の事例のように名の変更の対象が出生後間もない場合は、名の変更による弊害が少ないとしてやや曖昧な理由であっても変更が認められうるようです。一方で、名前を社会生活上で用いている成人の場合、名の変更には相応の理由が求められますが、④の事例のように名の変更を必要とする真摯な事情があれば裁判所も柔軟な判断をしている点は注目されます。
名前はその人の分身ともいえるアイデンティティに直結する存在ですが、一方で社会がその人を特定するための重要な役割を持ちます。今回の戸籍法改正では、名前の公的な面から名前の読み方に一定の規制がされることになりました。一方で②の事件の代理人(司法修習生)が主張するように、価値観は時代に応じて常に変化しているのであって、名前やその読み方にどこまで多様性を認めるのかは明確な答えのある問題ではありません。現代においては「特異」とされる名前であっても、遠くない将来には普通の名前になっているかもしれず、名前というプライベートなものをどこまで法律によって規制するのか、難しい問題だと思います。
名前の私的な側面と公的な側面をどのようにバランスをとるのか、今回の改正戸籍法施行の中でも十分な議論がされることを期待しています。
令和7年7月3日 文責 弁護士 増﨑勇太
プラスワン法律事務所
※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。