テーマ判例コラム 飲める○○ 知財高裁令和7年10月29日判決
令和7年9月24日に裁判所のホームページがリニューアルされました。
弊事務所ホームページの「判例コラム」では、紹介している判例が掲載された裁判所ホームページのリンクを掲載していますが、今回の裁判所のホームページリニューアルに伴い全てのリンクの差替が必要になり、なかなか大変な作業をすることになりました。
裁判所の裁判例検索ページについてはリニューアル前とあまり変わらないという印象です。ただ、裁判例を検索した際に表示される見出しの項目として、裁判所、事件名、判決日のほか、知財高裁事件で争訟の対象となっている発明や商標が表示されるようになりました。
これがなかなか面白く、直近のものをざっと見ただけでも①「愛玩動物マッチングシステム及び愛玩動物マッチング方法」(知財高裁令和7年9月29日判決)②「クリアな輝きから徐々にベリーストロングの青色蛍光の輝きに変遷するダイヤモンド石(動き)」(知財高裁令和7年9月4日判決)③「池麺」(知財高裁令和7年10月20日判決)④「飲めるフレンチトースト」(知財高裁令和7年10月29日判決)⑤「エムの図柄、エルの図柄」(知財高裁令和7年10月30日判決)⑥「開運祈願用道具」(知財高裁令和7年11月13日判決)⑦「マッサージ機を備えた情報ネットワークシステム」(知財高裁令和7年11月13日判決)となかなかユニークなものが並んでいます。
補足すると、③は「イケメン」という言葉の駄洒落になっているラーメン屋の名称、⑤はマリオとルイージのコスプレ衣装に関する判決です。②と⑥がどのようなものであるかは、リンク先の判決文に写真が掲載されているのでご覧ください。
どれも面白い判決なのですが、今回は「飲めるフレンチトースト」という商標登録出願を認めなかった知財高裁令和7年10月29日判決を紹介したいと思います。
【事案の概要】
原告は全国で複数の飲食店を経営している株式会社であり、原告の店舗で販売しているフレンチトーストについて「飲めるフレンチトースト」という商標の登録出願をしました(商願2023-110765)。
原告は、原告のフレンチトーストが多くのメディアで「飲めるフレンチトースト」という名称で紹介されており、「飲めるフレンチトースト」という名称によって自社のフレンチトーストと他社商品との識別がされていると主張しました。
これに対し特許庁は、「飲める○○」という名称は、文字通り「飲める」=本来固形であるはずの食品を噛まずに喉に流し入れることができるという商品の特性や優位性を示すものに過ぎないから、その商品を他の商品と識別する商標としての機能を果しえず、商標法第3条1項6号の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」に該当するとして、商標登録出願の拒絶を認容する審決を出しました。原告は特許庁の審決取消を求めて本訴訟を提起しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、原告以外の商品を紹介する複数のウェブサイト記事で「“飲める”フレンチトーストは超絶品」「飲める!フレンチトースト」「これはまるで、飲めるフレンチトースト‥!!」等の表現が用いられていることや、フレンチトースト以外の食品についても「飲めるパンケーキ」「飲めるチーズケーキ」「飲めるプリン」「飲めるみたらし団子」「飲めるピザ」「飲めるハンバーグ」「飲めるサーロインステーキ」「飲めるサーモン」という表現が用いられていることを指摘します。(なお、裁判所は上記事例の他に、「飲める牛乳プリン」、「飲めるパフェ」、「飲めるかまぼこ」、「飲めるすき焼き」、「飲めるローストビーフ」など相当数の事例があると指摘しています。)
そしてこれらの事例からすれば、「飲める○○」というフレーズは商品の特性や優位性(食感、特徴)を表す比喩的な表現として広く使用されており、「飲めるフレンチトースト」という表現はフレンチトーストの販売等に際して必要適切な表現として誰もが使用を欲するものであるから、原告による独占使用を認めるのは公益上適当でなく、商標として他の商品識別する機能も欠くから商標登録を認める必要も認められないとして、商標登録出願を拒絶した特許庁の審決を認容しました。
【解説】
商標とは、自社が取り扱う商品を他社の商品と区別するために用いる名前やマークのことです。消費者は「この名前(マーク)がついている商品なら安心して使える」など、商標を信頼して商品を購入したりサービスを利用したりしています。そのため、消費者の信頼を得た商標は事業者にとって重要な財産となりえます。そこで、商標を特許庁に登録することで、商標を他人に勝手に使用されたり模倣されたりすることを防ぐことができます。
このように、自社の商品を他社の商品から区別するために商標は重要な役割を果たします。一方で、他社の商品にも用いられている一般的な名称を特定の事業者が商標として独占することになれば、事業者間の公平な競争が阻害されることになります。たとえば、「フレンチトースト」という商品名を特定の事業者が商標登録して独占し、他社は「フレンチトースト」という名称を利用することができなくなれば、商標登録した事業者が市場で一方的に有利な立場に立つことになります。
そこで商標法3条1項6号及び2項は、商品、役務が何人の業務にかかるものであるかをその商標によって認識することができるか否かを商標登録の可否の判断基準としています。
特許庁は「飲めるフレンチトースト」という名称が単に商品の特性を示すにすぎず、他社の商品との識別する機能を果たさないとして商標登録を拒絶しました。要するに、原告以外の商品であっても「飲めるほど柔らかい」という特性を有するフレンチトーストであれば、「飲めるフレンチトースト」と呼ばれることとなるのではないかということです。本判決もおおむね特許庁の判断に沿って商標登録拒絶を認めています。
本件で悩ましいのは、「飲めるハンバーグ」(商標第5815669号)、「飲めるサーロイン」(商標第6735102号)、「飲めるロース」(商標第6612033号)、「飲めるサーモン」(商標第6697620号)と実際に「飲める○○」という商標登録が認められていることです。原告もこの点を指摘していますが、裁判所はこの点に特に触れず、「飲める○○」という商品名全般が商品の特性や触感等を比喩的に示す表現にすぎないものと認定しています。
では、「飲める○○」という商標の登録は全て拒絶されることになるのでしょうか。
この点、特許庁が掲げる「飲める○○」という表現の事例は、スイーツの例が多いです。感覚的にも、「飲めるケーキ」「飲めるプリン」などはスイーツの表現としてはいかにも「ありそう」な表現ですし、実際にも「飲めるフレンチトースト」という表現は原告以外にも複数の事業者が用いていることが指摘されています(なお、原告は当該表現について「原告の『飲めるフレンチトースト』を認識した上で、『商品の特徴や優位性を示す語』である以上の効果を有することを知ったが故に、原告の『飲めるフレンチトースト』を模倣したものであると考えるのが自然である」と主張していますが、「飲める○○」という表現がフレンチトースト以外でも広く用いられていることをふまえると、「飲めるフレンチトースト」の表現の起源が原告である(他社の表現は模倣である)と立証することは容易ではないように思われます。)。そうすると「飲める○○」の「○○」の部分がスイーツ類の場合、類似の名称の商品が複数存在することが十分想定され、名称のみで特定の商品と他の商品を識別することが困難であるといいやすそうです。
一方で実際に商標登録が認められている「飲めるハンバーグ」「飲めるサーロイン」などは肉類に「飲める○○」という少なからず特異な表現であり、類似名称の商品は想定しがたそうです。そうすると、「飲めるハンバーグ」等の商品名は、その名称から他の商品との識別が可能であり、特定の事業者にかかる商品であることを認識可能なものとして商標登録を認めやすいと考えられます(商標法第6条第2項)。
本件判決は、「飲めるフレンチトースト」という名称について、「同種食品の製造、販売又は提供に際し、必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものである」とあえて判示していますが、他事業者による類似名称の使用が想定できるかという点を判断基準として意識した結果かもしれません。
余談ですが、特許情報プラットフォームで「飲める○○」の商標を検索したところ、「飲める名刺」(登録番号第5962208号)というものがありました。名刺を兼ねるお茶の商品名のようですが、「飲める○○」という名称であってもユニークで他の商品との識別機能が高いという好例(極端な例?)と思われます。
令和7年12月12日 文責 弁護士 増﨑勇太
プラスワン法律事務所
※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。
