テーマ判例コラム 事務管理  最高裁令和7年7月14日判決 最高裁令和7年6月30日判決

 事務管理とは、法律上の義務を負わないものが他人のために事務を処理することを指す法律用語です。民法では、誰かのために事務管理を行いその人とって有益な支出をした場合は、支出した費用の償還を請求できるものとされています。

 民法の教科書では、事務管理の典型例として「Aの隣家の住民Bが旅行で留守中に台風が到来し、B宅の窓が割れたため、Aが代わりに窓を修理した」という事例がよく挙げられています。この事例の場合、窓の修理は通常はBの利益にかなうため、Aは窓の修理に要した費用をBに請求できます。

 もっとも、現実には事例のような状況はなかなか起こりませんし、裁判に発展することはさらに稀です。そのため、事務管理に関する判例は多くはありません。今回紹介する最高裁判決は事務管理に基づく費用償還請求が争点となったやや珍しい事例です。あわせて、事務管理に類似する状況で不当利得返還請求権を認めた最高裁判決も併せてご紹介いたします。

1. 最高裁令和7年7月14日判決

【事例】

 本件は、廃棄物処理業者が行った違法な廃棄物処理に対応して工事を実施した自治体が、廃棄物を排出した他の自治体に対し工事費用の一部負担を請求した事案です。

 廃棄物処理業者であるキンキクリーンセンター株式会社は、福井県敦賀市の廃棄物処分場で埋立容量を大きく超える量の廃棄物を埋め立てていました。その結果、埋立地から浸出液が河川に流出し、基準値を超える有害物質が検出される事態となりました。福井県及び敦賀市は、キンキクリーンセンターに対し浸出液漏出を防止すること等を命令し、さらに行政代執行として擁壁や水処理施設の設置などを行い約100億円の費用を支出しました。しかし、同社が破産手続開始決定を受けて費用を請求することが困難となったため、福井県が費用の8割、敦賀市が2割を負担することになりました。敦賀市からキンキクリーンセンターに廃棄物処理を委託していた他の自治体に対し、廃棄物排出量に応じた費用負担を求めたところ、一部の自治体(以下「被告自治体」といいます。)がこれに応じなかったため、敦賀市が本件訴訟を提起しました。

【裁判所の判断】

 敦賀市は、被告自治体は排出廃棄物によって生じた支障を除去する義務を負っており、浸出液漏出防止工事は被告自治体のための事務管理に該当すると主張しました。

 原審(名古屋高裁金沢支部令和4年12月7日判決)は、自治体の委託を受けた廃棄物処理業者が当該自治体の区域外で不適正な廃棄物処理を行った場合であっても、委託自治体に対して廃棄物処理による支障を除去する義務を課す法令の定めはないとして、被告自治体は支障を除去する措置を講じる法的義務を負わないとしました。そして、被告自治体が法的義務を負わない以上、敦賀市が支障を除去する措置を講じたとしても被告自治体に対する事務管理は成立しないとして、敦賀市の請求を棄却しました。

 これに対し最高裁は、廃棄物処理法は市町村がその区域内で発生する廃棄物を一般廃棄物処理基準に従って処理すべきと定めており、市町村に区域内の廃棄物を適正に処理する責任を負わせたものであると指摘します。そしてこれらの規定は、市町村が委託した業者が廃棄物処理基準に適合しない処理を行った場合も想定しており、この場合には委託した市町村が自らその支障を除去する必要があるとします。

 したがって、被告自治体は、廃棄物処理を依頼したキンキクリーンセンターの不適切処理によって生じた支障を除去する義務を負っており、敦賀市が行った工事は被告自治体に対する事務管理が成立するとして費用償還請求を認めました。また、敦賀市が実施した工事は、敦賀市自身の法的義務に基づく事務としての性質を有するが、その点は事務管理を妨げないとしました。そして、償還請求できる費用の額を審理させるために事件を高等裁判所に差し戻しました。

2.最高裁令和7年6月30日判決

【事案の概要】

 本件は、那須塩原市の別荘地を管理する不動産会社であるX社が、管理契約を締結していない別荘地土地所有者Yに管理費相当額の不当利得返還請求をした事案です。

 X社は、昭和57年ころから別荘地内の土地所有者と個別に管理契約を締結し、年3万6千円の管理費で道路の維持管理、1日2回のパトロール、雑草の刈り込み作業、側溝の清掃などを行っていました。

 Yは平成5年に別荘地内の土地を購入しましたが、土地上に建物を建築せず、特に利用はしていませんでした。Xとの管理契約も締結していませんでした。

 詳細な経緯は不明ですが、XはYを含むXと契約していない別荘地土地所有者に対し、平成28年7月から令和3年6月まで5年間の管理費相当額を不当利得として請求しました。

【裁判所の判断】

 最高裁は、X社の管理業務は別荘地の環境や景観を別荘地としてふさわしい良好な状態に保つものであり、別荘地の基本的な機能や質を確保するために必要なものであって、その利益は建物を建てていない別荘地所有者を含む全ての別荘地所有者に利益を及ぼすと認めました。そして、Yは別荘地であることを認識して土地を購入しており、管理契約を締結していないYが管理費を負担しなければ他の土地所有者との間で不公平が生じ管理業務の提供にも支障が生じるなどと指摘し、Yが管理業務の提供を望んでいないとしても管理費相当額の負担を免れることはできないとしてYに対する不当利得返還請求を認めました。

【解説】

 1の判決は自治体間の廃棄物処理費用負担をめぐる特殊な事例ですが、自治体が法的義務に基づいて行った行為であっても、同様の義務を負う他の自治体との関係で事務管理が成立することを示した点は注目されます。

 2の判決は不当利得返還請求権を認めたものですが、不動産業者が契約関係にない別荘地所有者のための管理業務を行い、その費用を請求できるという点では事務管理に類似するように思われます。

 では、1の事案は不当利得返還請求権として構成することは可能だったでしょうか。逆に2の事案は事務管理として構成することは可能だったでしょうか。

 実は1の事案において、原告は一審(福井地裁令和3年3月29日判決)では事務管理のほかに不当利得返還請求と国家賠償請求の主張もしていました。地裁は事務管理に基づく費用償還請求を認めたため、不当利得返還請求と国家賠償請求については判断されませんでした。敦賀市の請求を棄却した控訴審判決も、不当利得返還請求にかかる主張は事務管理に関する請求と同一の事実及び法的根拠に基づく主張であり、事務管理が否定されるのと同様の理由で不当利得返還請求も否定されるとしています。

 この高裁判決が述べる通り、1の事案において事務管理の主張と不当利得返還請求の主張は実質的にほぼ同一のものであったと考えられます。かりに敦賀市が事務管理を主張せず不当利得返還請求のみ主張していたとしても、判決ではほぼ同じ結論が認められたのではないでしょうか。

 一方で、2の事案で事務管理を主張した場合はどうでしょうか。事務管理の場合、管理者は本人のために有益な費用を支出した時は本人に対しその償還を請求できると定められています(民法702条1項)。2の事案では不動産会社が第三者に管理業務を委託したわけではなく、自ら管理業務を行っているため、本人のために有益な費用を「支出した」といえるかは難しいところです。特に、不動産会社が請求した管理費用相当額には、不動産会社自身の利益が含まれているはずであり、利益の部分まで事務管理に基づく請求ができるかは疑問があります。一方で、不当利得返還請求の場合、被告が管理業務を不動産会社に依頼していれば支払ったはずの管理費用を免れた点を「不当利得」と捉えれば、利益部分を含めた管理費用相当額全額を不当利得返還請求の対象とできます。

 このように2つの事案を検討すると、事務管理を主張できる事案では、多くの場合不当利得返還請求も主張できると考えられます。

 事務管理と不当利得返還請求の効果の違いとして、本人の意に反しない事務管理の場合は本人が現に利益を受けている限度を超えて費用償還請求できるという点があります(民法702条)。したがって、事故に遭った者を救援した費用を請求する場合など金銭的利益が評価できない事案では、不当利得ではなく事務管理の法的構成が機能する余地はあります。ただ、そのような事案が紛争にまで発展することは多くないと考えられ、今後も事務管理に関する判例は珍しいものとなりそうです。

最高裁令和7年7月14日判決

最高裁令和7年6月30日判決

令和7年9月29日 文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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