テーマ判例コラム 「聴覚障害」 大阪高裁令和7年1月20日判決

 本稿でご紹介するのは、聴覚障害を有する児童が交通事故により死亡した事案における逸失利益について判断した大阪高裁令和7年1月20日判決です。

 本件では、平均年収より低い金額を逸失利益の基準とすることを被告側が主張し、一審もこれを一部認めたことから社会的な注目を集めました。

 高裁は一審判決を覆し、平均年収を基準として逸失利益の算定をしました。本稿では、本判決の射程がどこまで広がるのかなどを検討したいと思います。

【事案の概要】

 平成30年2月1日、工事用小型特殊車両であるホイールローダーが暴走し、当時11歳のAさんが巻き込まれて死亡したほか、4名が重軽傷を負うという交通事故が発生しました。事故の原因は、ホイールローダーの運転者がてんかん発作により意識を失ったためとされており、運転者は危険運転致死罪により懲役7年の判決を受けています(大阪地裁平成31年3月6日判決)。

 Aさんの遺族(以下「原告ら」といいます。)は、運転者及び運転者を雇用する会社(以下「被告ら」といいます。)に対し、Aさんの死亡に対する損害賠償を請求しました。

 本件訴訟において、原告らは、Aさんの死亡による将来の逸失利益(事故により死亡していなければ得られたはずの収益)を計算する際、当時の全労働者平均賃金である497万2000円を基準とすべきと主張しました。これは、未就労の児童が死亡した際の逸失利益を計算する一般的な方法です。

 これに対し被告らは、当時の聴覚障害者の平均賃金である294万7000円(全労働者平均賃金の約6割)を採用すべきと主張しました。

 被告側の主張の主な根拠は以下の通りです。

①Aさんは出生時から感音性難聴を有し、事故当時は聴覚支援学校に通学していた。Aさんの事故当時の聴力は、右が100デシベル、左か93.75デシベルであった。これは自賠責保険の後遺障害等級において、「両耳の聴力を全く失ったもの」として後遺障害4級に相当する障害であり、92%の労働能力喪失と評価される。このような既存障害は損害賠償の算定においても考慮されるべきである。

②聴覚障害者の平均賃金については、平成20年から平成30年までの10年間、ほぼ横ばいで推移しており、聴覚障害者の賃金水準が是正されていることはうかがわれないから、Aの死亡年である平成30年の聴覚障害者の平均賃金が用いられるべきである。

③聴覚障害児童の高校卒業時点での思考力や言語力、学力は小学校中学年水準にとどまるという現象が指摘されることがあり、聴覚障害児童は障害が無い児童に比べて、大学等に進学できる学力を獲得することが困難である。仮に大学等に進学できたとしても、十分な情報保障や周囲の理解が得られず、高等教育の学習に支障が生じることが少なくない。また、聴覚障害者が就労できたとしても、非正規雇用となる割合が多いほか、コミュニケーションに問題がある等の理由で転職を繰り返したり、昇進の機会が得られなかったりすることも多く、収入は他の身体障害者と比較しても低い。

【裁判所の判断】

 一審判決は、Aさんの聴覚障害が労働能力に影響を有する程度のものであったことを認めつつ、Aはさん手話だけでなく口話が可能であり、年齢に応じた読み書き能力を有していたこと、将来は法整備やテクノロジーの発達により聴覚障害が就労に及ぼす影響が小さくなっていくと予測できることなどを踏まえ、全労働者平均賃金の85%に相当する422万6200円を基礎収入とすべきとしました。そして、逸失利益を含む損害全体として、原告らに合計3769万1408円の損害賠償請求権を認めました(なお、自賠責保険等の既払金として3000万1390円が損害から控除されています。)。

 これに対し控訴審は、以下の通り認定し、全労働者平均賃金を基準として逸失利益を判断しました。結論として、原告らに合計4365万6202円の損害賠償請求権を認めています。

1.Aの能力

 Aは重度難聴であるが、補聴器を装着した状態では中等度難聴であり、通常の会話音声を知覚することができた。日本語の語彙、文法については年齢相応の知識を獲得し、学力も同年齢の児童全体において平均的な成績を上げるレベルに達していた。また、Aは対人関心・学習意欲が高く、他社に対して積極的にかかわる能力があり、実際にいろいろな人とコミュニケーションをとって他者とかかわることができていた。

2.Aのコミュニケーション手段

 Aは、補聴器を装用し聴力を使うだけではなく、文字や手話等の補助手段を使ってコミュニケーションをとるよう指導・教育を受けてきた。

 また、近年は補聴器にもAIによる音声処理技術が搭載され、聞き取りが困難であった会話が無理なく聞き取りできるなど、その性能は目覚ましく進歩している。

3.聴覚障害者をめぐる社会の変化

 判決時点において、障害者法制の整備やその精神・理念の社会への浸透、技術の目覚ましい進歩が相まって、聴覚障害に対する理解不足や聴力に関する補助的手段の未整備などの社会的障壁はささやかな合理的配慮により取り除くことができるようになっている。

4.Aの就労の見通し

 上記のようなAの能力や、技術・社会の変化を踏まえれば、Aは聴覚に関して基礎収入を当然に減額すべき程度に労働能力の制限があるとはいえない状態に評価することができ、健聴者と同じ職場で同じ勤務条件や労働条件の下で同等に働くことが十分可能であったと考えられる。したがって、Aの逸失利益の算定にあたっては、全労働者平均賃金を用いるのが相当である。

【解説】

 本判決は、障害を有する者の基礎収入を減額して計算することの是非をめぐり、大きな注目を集めました。判決文の内容からも、原告らやその支援者が相当な労力をかけてAさんの能力や聴力障害をめぐる社会情勢等を立証してきたことが窺われます。被告側が、上記【事案の概要】の③のように、聴覚障害と思考力、言語能力、学力が劣ることを直ちに結びつけるかのような主張をしたのであれば、原告らや聴覚障害の当事者、その支援者らが反発したことも強くうなずけるところです。かつては、法律においてすら「聾者、唖者、盲者」を準禁治産者として法律行為を制限したり、「いん唖者(聾啞者)の行為は罰せずまたはその刑を減軽す」と刑法40条(現在は削除済み)で規定するなど、聴覚障害に対する差別的扱いがありました。そのような差罰は許さないという強い思いが、控訴審判決に結実していると感じられます。

 一方で、控訴審判決はあくまでAさん固有の能力に基づき「基礎収入を当然に減額すべき程度に労働能力の制限があるとはいえない」と判断したものであって、障害の程度に応じて基礎収入の減額することを否定したわけではないと考えられます。

 本件においてAさんは、補聴器を用いれば会話等をある程度聴き取ることが可能であったとされています。補聴器の性能の進歩なども判決の理由とされていますが、仮に補聴器を利用しても全く聞くことができない状態であれば、判断が変わった可能性はあります。

 この点、視覚障害に関する事例になりますが、全盲の女性(17歳)につき、健常者と同一の賃金条件で就労することが確実であったと立証されてはいないものの、その可能性も相当にあり、将来的にその可能性が徐々に高まっていくことが認められるとして、男女計、学歴計、全年齢の平均賃金の8割である391万8880円を採用した広島高裁令和3年9月10日判決が参考になると思われます。

 また、Aさんは、音の情報を伝達する生理学的な機能である「聴力」の障害を有していたものの、伝達された音の情報を分析し言語あるいは音楽として理解する心理学的な機能である「聴能」については問題を有していなかったとされています。判決においてもAさんがコミュニケーション能力を有していたことは詳細に認定されており、言語やコミュニケーションの能力が重視されていたことが窺われます。仮にAさんが聴力の障害にとどまらず、発話や言語の理解にまで障害を有していたとすれば、基礎収入の減額が認められていた可能性はありそうです。

 このような検討を踏まえると、知的障害や発達障害を有する者が交通事故で受傷した場合の基礎収入の認定については、なお厳しいものとなる可能性があります。

 なお、知的障害を有する者の逸失利益を判断した事例として、重度の知的障害(IQ24)及び自閉症等を有する男性(20歳、養護学校高等部在籍)について最低賃金を基準とした青森地裁平成21年12月25日判決、重度の知的障害(知的障害(愛の手帳)判定基準で重度の2度程度と認定)を有する男性(年齢不詳、特別支援学校中等部在籍)について男女計、学歴計、19歳までの平均賃金である年収238万1500円を基準とした東京地裁平成31年3月22日判決などがあります。

 最後に、本件判決の慰謝料の認定について指摘しておきます。

 一審判決及び控訴審判決は、Aさんの死亡慰謝料を2600万円、両親固有の慰謝料を各200万円、兄固有の慰謝料を100万円、合計3100万円としています。

 この点について控訴審判決は、一家の支柱でない者が死亡した場合の慰謝料は本人分及び近親者分を併せて2000万円から2500万円程度が通例であり、一審の慰謝料の認定が高額とみられるものの、控訴人が控訴審において慰謝料額に不服がある旨を主張していないので慰謝料の減額変更は検討していないとしています。また、一審判決が、Aさんが障害者であるために逸失利益を減額したことを考慮し、あえて一般より高額の慰謝料を認めた可能性を示唆する記載もあります。

 仮に控訴審において慰謝料額の認定が3100万円から2500万円へ減額されていた場合、控訴審における逸失利益の増額分はほぼ相殺されるため、認容額は一審とほとんど変わらなかったことになります。控訴審は、一審判決が結論において妥当な判決をしていたことを指摘しておきたかったのかもしれません。

大阪高裁令和7年1月20日判決

令和7年2月28日 文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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