テーマ判例コラム 「テレワーク」 最高裁令和6年4月16日判決

 2019年からのコロナ禍発生をきっかけとする社会の大きな変化の一つとして、テレワーク(通信機器等を利用し、自宅や他事業所、出張先の喫茶店、ホテルなど普段の通勤先とは違う場所で仕事をすること)の普及が挙げられます。

 国土交通省が公表している「令和5年度テレワーク人口実態調査」によれば、令和元年にテレワークの経験があると回答した人は全国で14.8%、首都圏で19.1%であったのに対し、令和3年には全国で42.3%、全国で27%に急増しています。直近1年間でテレワークを実施したことがあると回答した人は令和3年から令和5年にかけて減少傾向にあり、コロナ禍からのより戻しがみられるものの、なおコロナ禍前よりも高い水準を維持しており、テレワークが新しい働き方として定着しつつあることが窺えます。また、テレワーク経験者の中でも、テレワーク実施の頻度は増加傾向にあるようです。

 テレワークのような「新しい働き方」が導入される際は、従来の労働法規がどの様に適用されるかが重要になります。本コラムでは、事業場外労働のみなし労働時間適用について判断した最高裁令和6年4月16日判決を紹介するとともに、テレワーク導入に伴う法的問題について解説いたします。

【事案の概要】

 本件上告人のXは、外国人の技能実習に係る管理団体の従業員であり、技能実習実施者の訪問指導や技能実習生の送迎、生活指導、急なトラブルの際の通訳などの事業上外での業務に主に従事していました。Xは、自ら訪問先と調整するなどして自身のスケジュールを管理し、タイムカード等による労働時間の管理を受けておらず、自己の判断で訪問先から直帰することもありました。そして、月末ごとに業務内容や業務時刻を記入した業務日報を会社に提出していました。

 本件判決は、このようなXの勤務状況が労働基準法第38条の2第1項の「労働時間を算定しがたいとき」に該当し所定労働時間労働したものとみなされるか(時間外労働が認められないこととなるのか)が争われた事案です。

※労働基準法第38条の2第1項 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。

 原審である福岡高裁令和4年11月10日判決は、会社は業務日報の記載内容をXの訪問先等に確認できるなどとして、本件は「労働時間を算定しがたいとき」に該当しないと判示し、Xの賃金請求を一部認容しました。これに対し最高裁は、業務日報の内容を訪問先に確認することの現実的な可能性、実効性など、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情をより検討する必要があるとして、本件を原審に差し戻しました。

【解説】

 本件判決は、従業員が外勤や出張等により事業場外で勤務する伝統的な事業場外労働について、「労働時間が算定しがたいとき」に該当するかが争われたものです。最高裁は、労働者が月ごとに労働時間を自己申告しているという事情のみでは、「労働時間を算定しがたいとき」に該当しないとはいえず、より具体的な検討が必要との判断を示しました。

 ところで、自宅からパソコンをつないで会社の業務を行う在宅テレワークの場合、労働者の業務状況を把握する特段のシステムなどがない限り、主に労働者の自己申告に基づいて労働時間を把握することが想定されます。上記判決の判断のうち、「労働者の自己申告のみでは『労働時間を算定しがたいとき』に該当しないとはいえない」という部分だけを抽出すれば、在宅テレワークは「労働時間を算定しがたいとき」に該当するとして、常にみなし労働時間が適用されることになりかねません。

 この点、林道晴裁判官は補足意見として、「在宅勤務やテレワークの普及など働き方の多様化に伴い、被用者の勤務状況を具体的に把握する事の困難性について定型的に判断することは一層難しくなっており、裁判所としては個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目したうえで『労働時間を算定しがたいとき』に当たるか否かの判断を行っていく必要がある」と述べています。個別具体的な事案に応じた判断が必要であることを強調し、本件判決の個別事案における判断がテレワーク等にそのまま適用されることに慎重な姿勢を示した形です。

 では、テレワークにおいて「労働時間を算定しがたいとき」に該当するのはどのような場合でしょうか。この点については、厚生労働省が公表している「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」が参考になります。

同ガイドラインによれば、以下の①,②の条件をいずれも満たす場合、労働時間を算定することが困難なときとしてみなし労働時間制を適用できるとしています。

①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと

例)勤務時間中に、労働者が自分の意思で通信回線を切断することができる場合・労働者が通信機器から自分の意思で離れることができ、応答や折り返しのタイミングについて労働者において判断できる場合

②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと

例)使用者の指示が、作業の目的、目標、期限等の基本事項に留まり、作業量や作業の時期、方法等を具体的に特定するものではない場合

 この条件によれば、みなし労働時間制が適用されるのは業務についてかなり広い裁量を持つ労働者に限られ、他の労働者と連絡を取りながら共同して業務を行う労働者の場合にはほぼ適用の余地はないといえます。したがって、広い裁量権を有する例外的な労働者を除き、使用者において適切にテレワークの労働時間を把握すべきということになるでしょう。ただし、同ガイドラインには、労働者が申告した労働時間が実際の労働時間と異なる場合、使用者がそのことを認識していない場合には申告された労働時間に基づいて賃金の支払等を行えば足りる旨の記載もあります。使用者側が適切な労働時間管理に努めることが前提ではありますが、労働者側においても、自身の労働時間を適切に管理し、使用者に正しく申告することが重要といえます。

 その他、労働時間管理のほかにテレワーク導入の際に注意すべき点をテレワークガイドラインを参考に指摘しておきます。

  • 労働条件の明示

 使用者は、労働契約を締結する際、労働者に対し就業場所に関する事項等を明示する必要があります(労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条第1項第1号の3)。テレワークは就業場所の指定に当たるため、雇用の際にテレワークへの従事が想定される場合は、その旨を労働契約に明記する必要があります。

 また、テレワークを新たに導入する場合であって、従来の労働契約においては事業場外での勤務を想定していない場合は、労働契約の変更が必要になります。労働契約の変更は原則として労働者の個別の同意が必要であり、就業規則の変更によって一括して労働条件を変更する場合は労働者の受ける不利益に照らして合理的な変更を適切な方法で周知することが必要です。テレワークの導入によって労働者が自宅就業環境の整備を強いられるなど一定の不利益を被ることも想定されるので、テレワーク導入が不利益変更に該当しないと安易に判断するのは禁物です。

 なお、労働者と使用者との間に労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合は、使用者は当該労働者に対し個別的同意なしに合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないとの判決が出されています(最高裁令和6年4月26日判決)。テレワークの導入が個別の労使契約に反するものでないか注意するとともに、導入にあたって労働者と十分なコミュニケーションをとることが重要です。

  • テレワークの費用負担

 テレワークを導入する場合、パソコン等の通信機器、ウェブカメラ・マイク等の周辺機器、通信料、インターネット利用料などの費用が労働者に発生します。また、労働者が文書の発送等の業務をテレワークで行う場合、切手や封筒等の消耗品費の負担をどのように処理するかという問題も発生します。

 これは基本的には労使間の協議で定める事項ではありますが、労働者に通信機器や消耗品の負担をさせる場合には、その旨を就業規則に規定する必要があるため注意が必要です(労働基準法第89条5号)。実際には、セキュリティの観点等も考慮し、通信機器については会社が貸与する場合が多いようです。通信費については業務上の費用と個人的な費用を区分することが困難であるため、一定額を「在宅勤務手当」として支給することも考えられます。

 これらの在宅勤務にかかる費用負担について、「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」を国税庁が公開しており参考になります。

  • 労働者の安全衛生の確保

 テレワークを導入する場合であっても、使用者が労働者に対して労働安全衛生法等に基づく安全衛生管理義務を負うことには変わりありません。特にテレワークの導入時には、職場環境が大きく変更し、労働者が上司や同僚とコミュニケーションをとりにくくなるため、メンタルヘルス上の問題も生じやすいとの指摘もあるところです。オンラインによる健康相談体制の整備などが推奨されます。

 なお、上記の解説は執筆時点のものになります。テレワークについては今後さらに社会的議論が進み、抜本的な法整備がされる可能性も否定できません。テレワークの導入検討や、テレワークに伴う労使トラブルなどがありましたら、弁護士にご相談することもご検討ください。

最高裁令和6年4月16日判決

令和6年9月7日 文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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