テーマ判例コラム「闇バイトその3」 最高裁令和7年7月11日判決

 本コラムの第1回では、「闇バイト」をテーマに、特殊詐欺の「受け子」の実行の着手を広く認めた最高裁判決を紹介いたしました。

 その後「闇バイト」という言葉も定着し、警察による様々な対策も行われているようですが、まだまだ闇バイト関連の事件も多いようです。

 今回は、ATMから現金を引き出す「出し子」について、実行犯との共謀を否定した高裁判決を破棄し、実行行為について概括的な認識しかない場合でも共謀が成立すると判断した最高裁令和7年7月11日判決を紹介します。

【事案の概要】

 被告人Aは、インターネットの掲示板上で知り合った氏名不詳の者から、「仕事」の依頼を受けました。その仕事の内容は、複数の他人名義のキャッシュカードと暗証番号を預かってATM付近で待機し、電話での指示に基づいて現金を引き出して指定のコインロッカーに入れるというものでした。また、「仕事」の報酬として、現金50万円の引き出しごとに1万円を受け取ってよいとされていました。

 Aは、ATMから現金を引き出す理由について何ら説明を受けていなかったものの、特殊詐欺等の犯罪行為によって得られた現金を引き出す目的である可能性を認識していたとされています。

 その後、Aに仕事を依頼した実行犯は、金融機関職員に成りすまして電話で「保険料の還付金を受け取ることができる」などと述べ、本人に振込の操作をしているという認識のないままATMを操作させて振込送金を行うように誘導する「還付金詐欺」を9回にわたり行い、合計773万1734円を送金させました。

 Aは、還付金詐欺の実行行為に直接関与することは一切なく、具体的な事情は何ら認識しないまま、ATMから26回にわたり合計722万9000円を引き出しました。Aが引き出した金銭は、還付金詐欺により振り込まれた預金に対応するものであると認定されています。

【第一審及び控訴審の判決】

 第一審は、被告人は実行犯らと共謀して被害者に意図しない振込操作をさせ、被告人らが管理する口座の残高を増加させたとして電子計算機使用詐欺罪の成立を認めるとともに、正当な払戻し権限のない他人名義のキャッシュカードを利用してATMから現金を引き出した行為につき窃盗罪の成立を認めました。さらに、この件とは別に覚せい剤取締法違反(使用・所持)を認定し、懲役4年の判決を出しました。

 一方で控訴審は、被告人は還付金詐欺の内容を全く把握しておらず、詐欺行為の実行行為は分担していないことなどを理由として、電子計算機使用詐欺罪について実行犯らとの共謀は認められず無罪とし、その余の罪について懲役3年6月の判決としました。

【最高裁の判決】

 上記高裁判決に対し、検察官が上告しました。最高裁は、控訴審判決を破棄し、以下の通り電子計算機使用詐欺罪の成立を認めました。

 最高裁は、被告人の「仕事」の内容は詐欺等の犯罪に基づいて送金された預金を引き出すものであることが十分に想起され、本件のような態様の電子計算機使用詐欺罪も想定しうる範囲に含まれるから、被告人は電子計算機使用詐欺罪に関与する可能性を認識していたと推認できるとしました。さらに、振り込まれた預金を直ちに引き出して現金として確保するという被告人の役割が本件犯行の目的を達成する上で重要なものであることを踏まえれば、実行犯との間で本件電子計算機使用詐欺罪の共謀が認められるとしました。

 平木正洋裁判官は、補足意見として、本件犯行は振込操作を認識していない被害者を間接正犯として利用し振り込みをさせるというやや特殊なものであるが、「嘘をつき人を欺いてその者にATMを操作させて振込送金させる」という中核的な行為態様が振込め詐欺と一致すると指摘しています。そして、本件の様に特殊詐欺の実行犯(かけ子)と出し子の意思連絡が問題となる事案においては、出し子の認識はこのような中核的行為態様を包含する程度の認識で足り、電子計算機使用詐欺罪の構成要件に当てはまるものであることまで認識する必要はないとしています。

【解説】

 複数の者が共謀して犯罪を実行した場合、実行行為を直接行ったのがそのうち一部のものであっても、共謀した全員について犯罪が成立します。これを共謀共同正犯といいます。

 本件の場合、被告人は被害者をだまして振り込みをさせるという行為には一切かかわっておらず、振り込まれた金額を事後的に引き出したにすぎません。他人をだまして振り込みをさせることについて、被告人と実行犯との間で直接話がされたこともなかったようです。それにもかかわらず、被告人は電子計算機使用詐欺について実行犯と共謀したと認定され、共謀共同正犯として電子計算機使用詐欺罪の責任を負ったことになります。

 本件では、他人名義のキャッシュカードで現金を引き出して報酬を得るという仕事内容から、何らかの詐欺による被害金を回収する業務であることは容易に想像できたことが重要な要素と考えられます。

 現在は振り込め詐欺などの特殊詐欺の手法は広く知れ渡っていますので、ATMから現金を引き出す「仕事」が詐欺に関係あると全く思わなかった等の弁解は容易には認められないでしょう。そして、詐欺(人を欺いてATMを操作させて振込送金させること)に加担することを認識していた以上、実際に行われた犯罪が詐欺罪そのものではなく電子計算機使用詐欺罪に該当する行為であったとしても罪に問われるべきというのは、結論としても納得しやすいところです。逆に、詐欺とは全く異なる犯罪(誘拐、賭博、薬物売買等)によって得られた金銭について、それと知らず(詐欺の被害金と誤認して)回収をしていたのであれば、共謀が否定された可能性もあると考えられます。なお、共謀が認められない場合であっても、他人名義のキャッシュカードを利用してATMから現金を引き出した行為については窃盗罪が成立しえます。

 また、本判決は、特殊詐欺における「出し子」の重要性にも触れており、被害金の引き出しのみに関与する場合であっても罪の軽い幇助犯が成立するのではなく、正犯と同じ責任を負う共同正犯が成立する点も明らかにしたと思われます。最高裁は、第1回のコラムで紹介した最高裁令和5年6月20日判決に引き続き、特殊詐欺の一部のみに関与する者に対しても重い責任を認める態度を示したものといえます。

 特殊詐欺の被害が発覚した際、警察は真っ先に振り込まれた預金がどのATMから引き出されたかを確認し、当該ATMの監視カメラ等から引き出しをした者を突き止めようとします。したがって、「出し子」は特に捕まる危険が高い役割であり、だからこそ特殊詐欺の実行犯は「出し子」をインターネット上で募集して他人にやらせています。しかも本件判決によれば、「出し子」は詐欺の実態をほとんど把握していなくとも詐欺の正犯として責任を問われることとなるのですから、バイト感覚で依頼を受けてとても割に合うものではありません。

 このような闇バイトの危険性について、より広く知られることを願っております。

【おまけ】

 闇バイトに関する少し珍しい裁判例として、カンボジアの犯罪グループが作成した投資詐欺の文言を自然な日本語に直す仕事をした日本人らの詐欺被告事件判決(佐賀地裁令和7年7月2日判決)が出ました。 被告人が詐欺に関与した経緯や報酬、業務内容など、報道などでも話題となったカンボジアの詐欺組織の実態の一端が窺われる判決ですので、参考までに下記リンクのみご紹介しておきます。

【裁判例リンク】

最高裁令和7年7月11日判決

佐賀地裁令和7年7月2日判決

令和7年8月8日 文責 弁護士 増﨑勇太

プラスワン法律事務所

※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。

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